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「アルミ鋳物の価格相場が分からない」「毎回の見積もり取得に時間がかかる」──そんな声が製造業の現場からよく聞かれます。アルミ鋳物は、工法や材質、形状、ロット数など複数の要因で価格が決まり、単純な「単価×重量」では計算できません。そのため、相場感を持ちづらく、ついサプライヤ任せになってしまいがちです。
しかし、価格の目安を事前に把握できれば、設計段階からコスト意識を持った判断ができ、調達の主導権も握りやすくなります。本記事では、実務担当者が見積もり前に知っておくべき価格形成の基本や、概算試算のコツをわかりやすく解説。工法別の価格傾向、金型費の考え方、事例紹介などを通じて、「価格に強い発注者」になるための視点を提供します。
アルミ鋳物の価格を決める5つの要因
アルミ鋳物の価格は「材料費×重量」で単純に決まるわけではありません。実際には、工法、材質、金型、形状の複雑性、後加工の有無など、複数のファクターが絡み合って構成されています。ここでは特に価格形成に大きな影響を与える5つの要因を整理して解説します。
1. 工法の違い:砂型/金型重力/ダイカスト
アルミ鋳物は、主に以下の3工法で製造されます。
工法 | 初期型費 | 製品単価 | ロット規模 | 対応形状 |
---|---|---|---|---|
砂型鋳造 | 安い | 高い | 小〜中 | 複雑形状可 |
金型重力鋳造 | 中程度 | 中程度 | 中ロット | 精度高い中空形状 |
ダイカスト | 高い | 安い | 大量 | 高精度・薄肉向き |
ダイカストは量産に最適化された工法で、1個あたりの単価が低くなります。一方で、砂型鋳造は試作や多品種少量生産に適し、金型費も抑えられる反面、1個あたりの単価は割高です。金型重力鋳造はその中間的な位置づけで、強度や外観品質を重視する用途で選ばれます。
2. 材料費とスクラップ価格の影響
代表的な材質には以下のような違いがあります:
- ADC12:ダイカスト用、リサイクル材ベースでコスト低
- AC4A, AC4C:金型・砂型用、耐食性と強度に優れる
- AC7A:高耐食性用途向け、価格はやや高め
材料価格は、市況の影響を大きく受けます。2025年6月時点でのアルミ鋳物スクラップ参考価格は180円/kg(税抜)。新地金との価格差が設計判断に影響することもあり、調達戦略上、為替やLME価格(ロンドン金属取引所)の動向にも注視が必要です。
出典: サンビーム
3. 金型費:初期費用が価格を左右
量産前提のダイカストや金型鋳造では、金型費用が数十万〜数百万円に及ぶことがあります。耐久性(ショット数)で言えば:
- ダイカスト型:約70,000~100,000ショット
- 金型重力鋳造型:〜20,000ショット
- 砂型:消耗品(木型・樹脂型使用)
設計時点で年間生産数と償却年数を想定しておくことが不可欠です。また、試作フェーズで製品形状を変更すると、金型が再製作になるケースもあり、“型費の二重払い”という落とし穴に注意が必要です。
4. 製品重量と設計複雑性
一般に、製品重量が重くなるほどコストも上がりますが、それ以上に影響するのが設計の複雑性です。以下のようなケースではコスト増となります:
- 中空構造や中子の使用(型構造が複雑になる)
- 薄肉形状(充填難易度が高く、歩留まりが下がる)
- 肉厚バラツキが大きい設計(冷却むらによる欠陥リスク)
単純な見た目とは裏腹に、「削れない」「抜けない」形状が製品単価を大きく引き上げることがあるため、設計初期段階でのコスト配慮が重要です。
5. 加工・表面処理・後工程
鋳物価格の見積では、「鋳物単体価格(素形材)」と「完成品価格」の区別が必要です。以下のような工程が加わると、最終価格が大きく変動します:
- 機械加工:穴あけ、切削、面取りなど
- 表面処理:塗装、ショットブラスト、アルマイト
- 組立・検査・梱包:完成品としての納品対応
とくにダイカスト品では、鋳肌が良好なため加工レス化が進めやすいという利点があり、トータルコストでは有利になる場合があります。一方、砂型鋳造では加工が前提となる設計が多く、“仕上げ費用込み”での価格比較が必要です。
以上のように、アルミ鋳物の価格は「工法×材料×設計×後工程」が複雑に絡み合って決まります。次章では、こうした構成要素を踏まえて、見積もり前に自社で仮算出するための実践的アプローチをご紹介します。
出典: 経済産業省「生産動態統計」
見積もり前のチェックポイントと試算方法
アルミ鋳物の価格は、完全に「相場」で決まるわけではありません。見積もり依頼の段階で、ある程度の価格感を社内で把握しておくことで、不要な仕様追加や過剰スペックの予防、価格交渉の根拠づくりが可能になります。本章では、調達・設計の現場で役立つ「概算の考え方」と「サプライヤ依存からの脱却方法」について具体的に解説します。
自社で概算する3つの視点
アルミ鋳物の価格を自社で試算する際には、以下の式を基本とした考え方が有効です:
概算価格 ≒ 材料費 × 製品重量 + 工法係数 + 加工補正
それぞれの要素を分解してみましょう。
- 材料費 × 重量
基本はスクラップ参考価格(例:180円/kg)や地金相場をベースに。たとえばADC12なら比較的安価、AC7Aなど高耐食材は価格上昇要因になります。 - 工法係数
使用する鋳造法によってコスト倍率が異なります。実務上の目安としては以下のような比率で捉えると判断しやすいです:
工法 | コスト係数(参考値) |
---|---|
砂型鋳造 | 1.3〜1.8 |
金型重力鋳造 | 1.1〜1.4 |
ダイカスト | 1.0(基準) |
※製品重量や形状によって異なるため、参考係数として活用
- 加工補正
穴あけ・面加工・ネジ切り・表面処理など、どの程度の追加工が必要か。特に機械加工は1工程あたりで数百〜数千円かかるため、数量あたりで割った費用感をつかんでおきましょう。
📌図面ベースでの事前検討テンプレート(例)
項目 | 概算数値 | 補足 |
---|---|---|
重量 | 2.5kg | 3D CADまたは体積×比重で算出 |
材質 | ADC12 | スクラップ価格 180円/kg |
工法 | ダイカスト | ロット300以上想定 |
加工 | M8タップ2か所 | 加工費 約300円/個 |
表面処理 | なし | – |
→ 概算価格= 2.5kg × 180円 × 1.0(工法係数)+ 300円 = 750円
このように、材料・重量・工法・加工の要素を定量化しておくことで、初期段階でもブレない価格感を持つことができます。
🛠無償試算ツールの活用
最近では、概算金額を自動表示してくれる無料Webツールも登場しています(例:翔大軽銀公式サイト)。
入力できる条件は限定されますが、簡単な形状であれば概略費用を迅速に把握できます。
社内打ち合わせや取引先への初期提案資料作成にも活用可能です。
サプライヤ依存のリスクと脱却
多くの企業では、「図面を送って見積もりを待つ」というフローが習慣化しています。しかしこれにはいくつかのリスクがあります。
- 設計段階での価格感不足によるコスト爆発
- 見積待ち時間によるプロジェクト遅延
- 丸投げによる仕様過多や不要加工の混入
特に、前任者やベテラン社員が持っていた“勘”に頼っていた組織では、購買担当者が変わった途端に価格感が失われる事態が起こりやすいです。
そこで重要になるのが、社内で基準となる価格判断モデルやチェックリストを整備することです。
設計・購買が連携して「この形状ならこのくらい」という指標を持つことで、サプライヤとの交渉でも主導権が握れます。
また、見積内容の妥当性を判断できるスキルは、コストダウン提案やVA/VE検討の土台にもなります。調達の質を高め、コスト管理を社内で完結させるためにも、“価格に強い発注者”への変革が求められています。
事例紹介:価格見積もりでの成功と失敗
アルミ鋳物のコスト構造は複雑であり、見積もり前の判断が製品原価や利益率を大きく左右します。ここでは、実際の製造業現場で起きた成功例と失敗例を通じて、価格判断のポイントを明らかにします。
成功例:工法変更でコスト30%削減
ある産業機器メーカーでは、月産100個のアルミ筐体を砂型鋳造+機械加工で調達していました。設計初期から購買部門と連携を行い、「ロット数が安定しているなら金型重力鋳造へ移行できないか?」という検討を開始。
試算では金型費が70万円と初期負担があったものの、製品単価は1個あたり2,500円 → 1,700円に低下。1年で金型費を回収し、その後は大幅なコストメリットが得られました。
この事例のポイントは、「設計段階で調達と連携し、製品仕様を最適化」したこと。鋳物は工法変更によってコストが激変するため、初期設計の柔軟性が成功のカギとなります。
失敗例:金型償却を見誤り赤字発注に
一方、別のベンチャー企業では、新製品の初回生産にあたり、「量産を見越して金型鋳造を選択」しました。金型費は80万円と高額だったものの、1個あたりの単価は低いため「最終的には安くなる」と判断。しかし、製品仕様の変更や販路確保の遅れにより、実際の出荷数は当初予定の30%以下。
結果として、金型償却コストが単価に重くのしかかり、実質的に赤字発注となってしまいました。
この失敗から学べるのは、「生産数量の見極めなくして金型投資は危険」という点です。償却計画があいまいなまま進むと、製品が売れても利益が出ないという本末転倒な結果を招きかねません。
こうした事例から明らかなのは、見積もり金額だけでなく、「なぜその仕様・工法を選ぶのか」という意図を持つことが、コスト最適化への第一歩だということです。
よくある質問(FAQ)
Q1. 「1個だけでも製作できるのか?」
はい、砂型鋳造であれば1個からでも対応可能です。木型や樹脂型を使えば金型投資を抑えられるため、試作や少量多品種案件に適しています。ただし、製品単価は高め(1個数千〜1万円以上)になることが多いため、用途やコスト許容値に応じて判断しましょう。
Q2. 「中国製の方がやっぱり安いのか?」
確かに単価面では中国製が安く見えることがあります。特に人件費の差や量産対応力は魅力ですが、金型再現性・納期の柔軟性・意思疎通のしやすさなどを含めると、必ずしもトータルで安いとは限りません。試作や短納期対応には、国内業者が優位なケースも多くあります。
Q3. 「精度と価格、どこまで両立できるのか?」
高精度が必要な場合は、ダイカストまたは金型重力鋳造+機械加工が有効です。一般的に鋳物の公差はJIS B 0405 CT10〜CT11程度ですが、後加工により±0.01mmまで追い込むことも可能。ただし、その分加工費が加算されるため、必要な精度レベルの妥協点を明確にしておくことがコストバランスの鍵です。
Q4. 「金型を流用して別形状に使える?」
基本的に金型は特定形状専用であり、流用は難しいのが通例です。ただし、「一部変更型」「インサート交換式金型」などモジュール設計された型であれば、限定的に形状変更対応が可能な場合もあります。初期設計段階での戦略的選定が重要です。
Q5. 「見積もりは図面なしでも出せるの?」
概算であれば、形状イメージ・材質・重量・数量・希望工法などを伝えるだけでも算出可能な業者もあります。しかし、正式な見積りは2Dまたは3D図面が必須となります。参考価格の事前確認であれば、Webの自動試算ツールや事前相談フォームも活用できます。
Q6. 「納期はどれくらい?国内と海外で差はあるのか?」
納期は工法・数量・金型の有無によって変動します。たとえば、国内での砂型鋳造試作であれば、最短5〜10営業日で対応可能なケースもあります。一方、金型製作を伴うダイカストや金型鋳造では、初回納入まで4〜8週間程度を見込むのが一般的です。
海外調達の場合は、金型や製造期間そのものは国内と大差ないこともありますが、船便での輸送が発生するため、納期は1〜2カ月かかることが多くなります。空輸にすれば短縮できますが、その分コストが上がります。
このように、「スピード重視なら国内」「コスト重視なら海外」という構造があるため、調達の優先順位を明確にすることが重要です。
まとめ
アルミ鋳物の価格に“相場”を求めたくなる気持ちは当然ですが、実際には工法・材質・設計・加工の掛け合わせで構成されるため、「これが標準価格」と言える絶対値は存在しません。しかし、それでもなお発注者として持つべきものは明確です。
それは、「判断軸」です。
価格の妥当性を判断するには、最低でも以下の3点を事前に整理しておくことが有効です。
- 材料費と重量の目安を押さえる
- 想定ロット数と適切な工法を選定する
- 後加工や金型償却のインパクトを理解しておく
このような視点を持つことで、見積もり依頼も精度が上がり、不要な金型費や過剰加工といった“見えないコスト”の排除につながります。
また、自社で概算価格を持てるようになれば、コストを起点とした設計・調達判断が可能になり、プロジェクト全体のリードタイムや利益構造の見直しにも直結します。
価格に強い発注者は、仕様だけでなく経済性を見通す目を持っています。アルミ鋳物の価格相場に対する理解と備えが、御社の調達活動を一段上のステージへと引き上げるはずです。