◆目次
Toggleはじめに
軽くて錆びにくく、加工もしやすい――。アルミニウムはこうした特性から、自動車、航空機、電子機器、建材、そして家庭用品に至るまで、幅広い分野で利用されている金属素材です。近年はEV(電気自動車)化や軽量化ニーズの高まりを受け、さらに需要が加速しています。
しかし、「加工しやすい」=「溶接しやすい」ではありません。
実際には、鉄やステンレスとは異なる特性を持つため、アルミニウムの溶接には高度な技術と専門的な知識が求められます。
鉄・ステンレスとの違い
鉄やステンレスと比較すると、アルミニウムの溶接は以下の点で難易度が高くなります:
- 熱伝導率が高く、溶けやすい:母材全体に熱が拡散し、溶接部以外も溶けやすくなる
- 酸化皮膜の存在:空気に触れるだけで表面に酸化皮膜が形成され、溶接の妨げになる
- 溶接割れ・ブローホールが発生しやすい:不純物や水分が原因で金属内部に空洞ができやすい
- 材質ごとの適正がバラバラ:同じアルミでも番手(例:A5052やA6063)により溶接性が大きく異なる
これらの要因により、「アルミの溶接は難しい」と言われるのです。
本記事の目的と読者へのメリット
本記事では、アルミニウムの溶接を成功させるための基礎知識と実践的な技術を解説します。
とくに以下のような方にとって有益な内容となっています:
- 製造業でアルミ部品の溶接加工を検討中の技術者
- コストダウンを狙い、鉄→アルミへの素材変更を検討する調達担当者
- DIYレベルでアルミ製品を補修・制作したい方
アルミ溶接の「なぜ難しいのか」から始まり、TIGやMIGといった溶接法の違い、材質・用途別の適性、失敗例と対処法までを、事例と図表を交えながら解説していきます。
アルミニウムが溶接しにくい理由とは?
鉄やステンレスの溶接経験がある人でも、「アルミは勝手が違う」と感じることは多いはずです。ここでは、なぜアルミニウムの溶接が難しいのか、その根本原因を4つの観点から解説します。
熱伝導率と融点の影響
アルミは融点が660℃と低く、しかも熱伝導率が非常に高いという特徴があります。具体的には、熱伝導率は約237 W/m・Kで、鉄(約80 W/m・K)の約3倍にあたります。
さらに、アルミの熱膨張係数は23.1×10⁻⁶/℃(20〜100℃)と、鉄(約11.7×10⁻⁶/℃)の2倍近く。このため、アーク熱が一気に母材全体へ拡散しやすく、溶接部以外の溶け落ちや熱変形が起きやすくなります。
特に薄板のアルミ溶接では、ビードが崩れて穴が空くケースも多く、職人のトーチ操作や電流設定が重要になります。
酸化皮膜の問題とその除去法
アルミは空気中にある酸素と非常に反応しやすく、常温でも酸化皮膜(Al₂O₃)を生成します。この皮膜の融点は約2,000℃と、母材よりはるかに高いため、通常の加熱では溶けず、溶接の妨げになります。
これを解消するためには:
- 事前にグラインダーや専用ブラシで酸化皮膜を除去
- TIG溶接の交流(AC)モードによる“クリーニング効果”を活用
が有効です。ACモードでは極性が交互に変化し、陽極側で酸化皮膜が破壊されるため、ビード形成が安定します:contentReference[oaicite:0]{index=0}。
溶接割れ・ブローホールのリスク
アルミ溶接に特有の不良として、「溶接割れ」と「ブローホール(ピンホール)」が挙げられます。
- 溶接割れ:特に6000番台など、Cu(銅)を含む合金系は割れやすく、適切な溶加材の選定が必須
- ブローホール:母材中に含まれる水素が、急冷凝固時にガスとなり小さな空洞を形成
これらのリスクを軽減するには、パルス機能の活用、混合ガス(Ar+He)の使用、事前加熱や脱脂処理などが効果的です:contentReference[oaicite:1]{index=1}:contentReference[oaicite:2]{index=2}。
番手・材質の違いによる影響【図表】
例えば、A5052(Al-Mg系)はMgを2.2〜2.8%含み、優れた耐食性と溶接性を持ちます。一方、A6063(Al-Mg-Si系)はSiが0.2〜0.6%、Mgが0.45〜0.9%含まれ、押出成形に向く反面、溶接割れに注意が必要です。
また、高強度材であるA7075(Al-Zn-Mg系)は、T6熱処理時の引張強さが約572 MPaに達し、航空・自動車分野で用いられます。
合金系統 | 母材例 | 溶加材例 | 特性と注意点 |
---|---|---|---|
純Al系 | A1070 | A1070 | 電気伝導性・耐食性が高いが強度低 |
Al-Mg系 | A5052 | A5356/A5183 | 強度・耐食性◎、割れにくい |
Al-Mg-Si系 | A6063 | A4043/A5356 | 建材向き、割れ対策が必要 |
Al-Cu系 | A2024 | A2319/A4043 | 割れやすく高度な技術が必要 |
Al-Zn-Mg系 | A7075 | A5356 | 高強度材、溶接性やや難 |
特にDIY用途では、A5052のように溶接性が高い番手を選ぶのが無難とされています。
アルミ溶接の代表的な技術
アルミニウムの溶接には、母材の厚みや形状、用途に応じて最適な工法を選ぶことが重要です。ここでは、現場でよく使われる3つの溶接技術について、それぞれの特長と適用シーンを解説します。
TIG溶接:精密作業に強い技術
TIG(タングステン・イナート・ガス)溶接は、非消耗電極であるタングステンを使用し、アルゴンなどの不活性ガスでアークと溶接部を保護しながら行う手法です。精密かつ美しい仕上がりを求められる場面に最適で、火花が飛び散らず、スラグも出ないため、非常にクリーンな溶接が可能です。特に薄板や小径パイプの接合、DIYや単品補修などに適しており、AC(交流)モードで酸化皮膜を破壊しながら作業できるのも特長です。
ただし、作業速度が遅く、装置も高価で、熟練技術者による手動操作が前提となるため、量産には不向きとされています。
MIG溶接(半自動):量産・スピード重視
MIG(メタル・イナート・ガス)溶接は、ワイヤが自動送給される半自動方式で、溶接速度が速く、長距離の連続溶接にも対応できる工法です。溶接条件の安定性が高く、省力化にも貢献します。特に建材や自動車部品など、中厚板以上の量産品に向いています。
パルス機能が付いた最新型のMIG溶接機(例:WT-MIG225AL)を使用すれば、薄板にも対応可能です。ただし、アルミワイヤーの柔らかさからくるトラブルや、設定の初期調整の難しさには注意が必要です。見た目の仕上がりはTIGに比べてやや粗くなりますが、溶接スピードでは圧倒的に優位です。
レーザー・ファイバーレーザー溶接の活用例
近年は、レーザー光を利用した高精度・高出力の溶接技術が注目されています。特にファイバーレーザーを用いた溶接は、熱影響部が極めて小さく、熱歪みや溶け落ちのリスクが抑えられます。薄板でも安定した接合が可能で、ビード幅も非常に細く、美観性に優れています。
具体的には、電子機器の筐体や精密部品の接合、医療機器や航空機パーツなどで実用化が進んでいます。ただし、装置の初期投資が高額で、光学系の定期メンテナンスや安全対策も必要なため、導入には一定の規模と用途が求められます。
材質・用途別にみる溶接適正と溶加材選定
アルミニウムは一見シンプルな素材に見えますが、実際には多くの種類が存在し、それぞれに応じた溶接方法と溶加材(溶接棒)の選定が必要です。ここでは代表的なアルミ材の種類と、適切な溶接棒の選び方、鋳物特有の注意点を整理します。
【純アルミ系・5000番台・6000番台】
アルミ材は番手によってその組成と性質が大きく異なります。
・純アルミ系(1000番台):耐食性・導電性に優れていますが、機械的強度は低めです。溶接性は良好です。
・5000番台(Al-Mg系):高い耐食性と溶接性を兼ね備え、自動車や船舶、タンクなどの構造材に多く用いられます。A5052は最もよく使われる代表格です。
・6000番台(Al-Mg-Si系):押出成形がしやすく建材に多く使われますが、溶接割れのリスクがやや高いため、溶加材の選定には注意が必要です。
これらの材質に応じた溶接棒の選定が、安全で高品質な溶接のカギとなります。
【4043/5356 溶接棒の使い分け】
一般的に使われるアルミ用溶加材には、「4043」と「5356」があります。
A4043(Al-Si系)はSiを約5.0%含有し、流動性が高く割れに強いため、鋳物や6000番台に最適です。
A5356(Al-Mg系)はMgを4.5〜5.5%含み、引張強度・耐食性に優れることから、5000番台の構造部材に使われます。
また、4043の融点は約573〜582℃、5356は588〜649℃と、溶け始めの温度差も選定の一要素になります。
【鋳物と圧延材の違いと対処法】
アルミ溶接において、鋳物と圧延材では性質が大きく異なるため、施工方法にも工夫が求められます。
・鋳物は内部に巣(気泡)や不純物を多く含み、母材に残る水分や油分によって溶接時にブローホール(気泡)が発生しやすくなります。さらに中空・多孔質な構造も多く、アークを当てた瞬間に泡が噴き出すケースもあります。
・圧延材は密度が高く、材質が均一で、比較的溶接がしやすい素材です。特に機械加工された面を持つものは、ビード形成も安定します。
鋳物を溶接する際には以下の対策が有効です。
・母材をバーナーなどで加熱し、内部の水分・油分をあらかじめ蒸発させておく
・酸化皮膜やアルマイト加工をグラインダーで広範囲に除去する
・4043の溶接棒とACモードのTIG溶接を組み合わせ、熱と酸素の管理を厳密に行う
これらの工夫によって、鋳物の難易度の高い溶接にも対応が可能になります。
溶接作業で注意すべきポイント
アルミ溶接では、母材の性質や溶接条件によって不具合が生じやすいため、事前の準備や溶接中の注意点を正しく把握しておくことが極めて重要です。ここでは特に現場で注意すべき4つの観点を整理します。
【薄板の熱変形と溶け落ち対策】
アルミは熱伝導率が高く、融点も低いため、薄板の場合にはすぐに熱が拡散してしまい、溶け落ちたり変形しやすくなります。トーチを一定の速度で動かし続けると、溶融プールが大きくなりすぎてビード幅が広がったり、穴が開いてしまうリスクがあります。
この対策としては以下が有効です。
・トーチ移動速度を微調整しながら作業する
・先に母材を軽く予熱して熱負荷の急激な変化を避ける
・出力を絞って、ビードを重ねるように多層で仕上げる
薄板の場合には、特に技術者の経験と目視による調整力が問われます。
【グラインダー・溶接機の選定と準備】
アルミは表面に酸化皮膜やアルマイト処理がされていることが多いため、溶接前の表面処理が不可欠です。特にDIY用途や中古部品を使用する場合は、見た目では判断が難しいため、以下のような準備が必要です。
・グラインダーやナイロンブラシで酸化皮膜を広範囲に除去
・アルミ対応の研削砥石(酸化鉄を含まないもの)を使用する
・母材表面を脱脂(アセトンなど)して油分を除去
・使用する溶接棒やワイヤの径と材質を確認
また、TIG溶接機を選ぶ際は「交流(AC)モード対応」であることが必須条件です。
【パルス機能・交流TIGの実践効果】
近年のTIG溶接機では「パルス機能」付きのモデルが主流になってきています。これは高電流と低電流を交互に流すことで、溶け込みと凝固のバランスを取り、美しいビードと安定性を実現する仕組みです。
パルス機能の主なメリットは以下の通りです。
・薄板でも溶け落ちを防ぎやすい
・溶け込みが深くなりやすい
・アークを集中させやすく、溶接幅のコントロールが容易になる
・裏波溶接やコーナー部分で特に有効
また、ACモードでは母材と電極の極性が交互に切り替わることで、アークが安定しつつ酸化皮膜を自動除去できる「クリーニング効果」も得られます。
【作業現場の安全と保護具】
アルミ溶接では火花の飛散は少ないものの、強いアーク光、熱、そして有害ガスが発生するため、以下の保護具が必須です。
・自動遮光面(TIG専用レベルの濃度調整機能付き)
・耐熱性の革手袋、長袖作業着
・アルゴンガスの取り扱いに慣れた作業者による安全管理
・グラインダー作業時の保護メガネと防塵マスク
特に長時間作業や半自動溶接時には、腕まで保護できる革袖や耐熱エプロンなども準備しておくと安心です。
成功事例・失敗事例に学ぶ
アルミ溶接は一筋縄ではいかない作業ですが、成功事例と失敗例の双方から学ぶことで、現場での失敗を回避し、より確実な加工が可能になります。ここでは代表的な3例を紹介します。
【DIYアルミパーツ補修の成功例】
ある自動車整備業者では、ドリフト競技に使用する車両のアルミホイールのクラック補修を自社で行いました。母材は鋳造アルミで厚みは約6mm。使用されたのはTIG溶接機と4043溶接棒で、事前にグラインダーで酸化皮膜を丁寧に除去し、アルゴンガスでシールドしながら施工。ビードはそのまま残した状態で仕上げ、研磨処理はあえて行わず。
その結果、溶接部分に再発クラックは生じず、競技中の激しい振動にも耐えることができました。適切な材質の選定と「削りすぎない仕上げ」が成功の要因とされています。
【鋳物の巣による溶接不良と対応策】
バイクのエンジンカバー(アルミ鋳物)を溶接しようとしたDIYユーザーが、溶接中に突然母材からブクブクと泡が出る現象に直面しました。これは「巣」と呼ばれる鋳物内部の微小空洞に油分や水分が含まれており、アーク熱でそれが一気に蒸発したためです。
このようなケースでは、溶接前にバーナーで母材をしっかり加熱して油分を蒸発させる、または表面から深めに削って「健全な金属層」を出しておくといった処置が有効です。鋳物は溶接前の加熱・クリーニングの有無で結果が大きく左右されることを示した事例です。
【TIG後の研磨による破断事例】
アルミ製のバイクフレームに発生したクラックをTIG溶接で補修したユーザーが、後処理としてグラインダーでビードを平らに削り落としたところ、数週間後に同じ箇所から破断が発生しました。
これは、溶接ビードが持つ引張応力の分散効果を削り取ってしまったことによる「残留応力集中」が原因です。特に振動や荷重のかかる箇所では、ビードの形状そのものが構造強度を支える役割を果たしているため、見た目の美しさと強度はトレードオフになりやすいという教訓を含んでいます。
よくある質問と回答(FAQ)
【Q1:アルミのDIY溶接、どこまでできる?】
A:小型パーツや補修レベルの作業であれば、TIG溶接機を使ったDIYでも十分に可能です。ただし、母材の材質(番手)、酸化皮膜の除去、溶接棒の選定などが適切であることが前提です。交流(AC)対応のTIG溶接機やアルゴンガスの準備が必要なため、初期投資はそれなりにかかります。安定して作業したいならば、板厚1〜3mm程度の範囲が目安です。
【Q2:ホームセンター材はなぜ溶接しにくい?】
A:多くのホームセンターで販売されているアルミ材は、表面にアルマイト(陽極酸化皮膜)が処理されていることがほとんどです。この皮膜は通電を妨げ、溶接性を著しく下げるため、グラインダーなどで物理的に除去する必要があります。また、材質の番手が明記されていないことが多く、溶接棒との相性がわかりにくい点もDIYには難所となります。
【Q3:TIGと半自動のビード仕上がりの違いは?】
A:TIG溶接は手動でコントロールしながら行うため、ビード(溶接線)が美しく整いやすく、スパッタも少ないのが特長です。特に外観重視の製品や仕上げを求める場合に適しています。一方で、半自動(MIG)溶接はスピードと生産性に優れますが、ビードはやや太くなり、スパッタも多少発生するため、仕上がりは実用本位になります。用途や美観の重要度によって選択が変わります。
まとめ
本記事では、アルミニウムの溶接について、技術的な特性、溶接法の選定、溶加材の選び方、さらに現場で起こりうる成功・失敗事例を通じて、実践的な知識を整理しました。
アルミは加工性に優れる一方で、溶接においては酸化や熱伝導性の影響で高度な注意が必要な素材です。正しい知識と準備を持つことで、TIG・MIG・レーザーといった各工法を使い分けることが可能となります。
技術者にとっては、用途や材質に応じた最適な溶接条件を見極める判断力が求められます。一方、調達担当者にとっては、材質選定や外注先の技術力評価が、品質とコストの両立に直結します。
今後さらにアルミニウムの需要が高まるなかで、「溶接できるアルミ材をどう扱うか」は設計・加工の成否を左右する重要なテーマとなるでしょう。
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