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自動車産業はいま、100年に一度の大変革期にあります。電動化(EV化)による走行時のCO2排出ゼロ(Tank to Wheel)だけでなく、製造から廃棄に至るライフサイクル全体(Well to Wheel / LCA)での環境負荷低減が、経営の最重要課題となっています。 ここで鍵を握るのが「アルミニウム」です。EVの航続距離を伸ばすための軽量化素材として需要が急増する一方、アルミニウムの新規製錬(バージン材製造)は多大な電力を消費します。そのため、CO2排出量を劇的に削減できる「リサイクル材」の活用が、サプライチェーン全体の競争力を左右する時代に突入しました。 本稿では、日産自動車やAudi、Novelisといった先行企業の具体的なリサイクル事例を紐解きながら、現在主流の「カスケードリサイクル」から、本来の理想形である「水平リサイクル(Car to Car)」へ移行するための技術的・構造的課題について解説します。
アルミニウムリサイクルが自動車産業に不可欠な理由
軽量化と脱炭素のジレンマ
EV化に伴い、バッテリー搭載による車両重量の増加は避けられません。これを相殺するためにアルミニウムの使用量は年々増加しています。しかし、ボーキサイトからアルミ新地金を製造するには、リサイクル材の製造に比べて約20倍ものエネルギーを必要とします。 つまり、軽量化のために新地金を使いすぎると、かえって製造時のCO2排出量が増加してしまうという「ジレンマ」が発生します。これを解決する唯一の手段がリサイクル材の最大活用です。
「カスケード」から「水平」への転換
現在、日本の自動車リサイクルにおけるアルミニウム回収率は90%以上と極めて高い水準を誇ります。しかし、その内実は「カスケードリサイクル」が中心です。これは、ボディ材(展伸材)などの高品質なスクラップを、不純物許容度の高いエンジンブロックなどの「鋳造材」として再利用するダウンサイクルの仕組みです。 しかし、EV化が進むとエンジンの生産数が減少し、鋳造材の需要が先細りします。したがって、ボディのスクラップを再びボディ材として蘇らせる「水平リサイクル(Car to Car)」の確立が、待ったなしの状況となっているのです。
世界と日本の先進リサイクル事例
日産自動車:クローズドループ・リサイクルの実装
日産自動車は、サプライチェーン全体でのカーボンニュートラル実現に向け、他社に先駆けて「クローズドループ・リサイクル」を導入しました。 具体的には、神戸製鋼所やUACJと協業し、生産時に発生するアルミ端材を分別回収して再び同等の自動車用アルミ板に再生するサイクルを構築しています。2021年に北米で発売した新型「ローグ」では、フードやドアなどのパネル部品にこのプロセスを適用し、CO2排出量の大幅削減を実現しました。さらに2023年以降、国内生産車においても低CO2高炉鋼材やグリーンアルミニウム原料を用いた板材の採用を拡大しており、2050年のカーボンニュートラル目標に向けた重要な布石となっています。
Audi(アウディ):Aluminum Closed Loop
欧州ではAudiがいち早く「Aluminum Closed Loop」プロジェクトを2017年に開始しました。プレス工程で発生する端材をサプライヤーに戻し、再び元の品質のアルミシートとして再加工するシステムです。 この取り組みにより、2019年から2020年の期間だけでも約35万トンのCO2排出を回避したと報告されています。Audiは、素材の品質劣化を防ぎながら、バージン材の使用比率を極限まで下げることに成功しており、プレミアムブランドとしての環境価値を高めています。
Novelis(ノベリス):リサイクル材含有率の極大化
世界最大のアルミ圧延メーカーであるNovelisは、自動車用アルミシートにおけるリサイクル材の含有率向上を強力に推進しています。2023年度の全製品における平均リサイクル材含有率は61%に達しており、2030年までに75%へ引き上げる目標を掲げています。 同社は、自動車スクラップから高度に選別されたリサイクル用合金「Advanz™ s5754 RC」などを開発し、Jaguar Land Roverなどの欧州メーカーに供給しています。これは、サプライヤー側が能動的にリサイクル技術を革新し、OEM(自動車メーカー)の脱炭素戦略を支えている好例と言えます。
「Car to Car」実現に向けた技術的・構造的課題
1. 合金選別の技術的障壁(5000系と6000系の混在)
自動車のボディには、成形性を重視した5000系(Al-Mg系)と、強度や焼付硬化性を重視した6000系(Al-Mg-Si系)の合金が使い分けられています。 これらがスクラップとして混ざり合うと、成分調整が困難になります。例えば、Mg(マグネシウム)を多く含む5000系が6000系の溶解炉に混入すると、6000系の成分規格から外れてしまうため、大量の新地金を投入して希釈(ダイリューション)しなければなりません。これではリサイクルの環境メリットが薄れてしまいます。LIBS(レーザー誘起ブレークダウン分光法)などの高度な選別技術の実用化が急務です。
2. 不純物(特に鉄)の混入問題
使用済み自動車(ELV)から回収されるスクラップには、ボルトやナットなどの鉄部品(Fe)が混入しがちです。アルミニウム中の鉄分が増えると、材料の延性や破壊靭性が著しく低下し、高品質なボディ材としては使えなくなります。 鋳造材であればある程度の鉄分を許容できますが、展伸材への水平リサイクルを目指す場合、鉄分の除去は極めて困難な課題となります。解体段階での徹底した分別や、固相状態での選別プロセスの高度化が求められます。
3. サプライチェーンの可視化と静脈物流
「Car to Car」を実現するには、動脈(製造・販売)だけでなく、静脈(回収・解体・再資源化)の情報をデジタルでつなぐ必要があります。どのモデルにどの合金が使われているかを解体業者が即座に把握し、グレード別に回収できるトレーサビリティシステムの構築が必要です。日本やベトナムを含むアジア圏では、多くの中小規模事業者がリサイクルを担っているため、こうした標準化へのハードルは決して低くありません。
まとめ
自動車業界におけるアルミニウムのリサイクルは、単なる「廃棄物処理」から、競争力の源泉である「資源確保戦略」へとその意味を変えました。 日産やNovelisなどの先進事例は、サプライヤーとOEMが一体となった「クローズドループ」の構築こそが、品質とコスト、そして環境価値を両立させる鍵であることを示しています。 一方で、EV化によるエンジン需要の減少は、従来の「カスケードリサイクル(鋳造材への転用)」の限界を露呈させつつあります。今後は、展伸材を展伸材に戻す「水平リサイクル」技術と、それを支える高度な選別・精錬インフラが不可欠です。 私たちDaiwa Aluminum Vietnamは、ベトナムを拠点に高品質な二次合金の製造と供給を行っています。変化するグローバルサプライチェーンの中で、お客様のコストダウンとカーボンニュートラル実現を両立させるパートナーとして、最適なソリューションを提案し続けます。